[ナカジ~のティーポ的コラム12] 富士F1開催50周年企画展は必見!Part2

[ナカジ~のティーポ的コラム12] 富士F1開催50周年企画展は必見!Part2

富士モータースポーツミュージアムで現在開催されている企画展は、1976年と1977年のF1日本グランプリを知る世代には、感動間違いなしの内容です。ぜひ当時の雰囲気を味わいに、出かけてみてください。

富士スピードウェイホテル内にある、富士モータースポーツミュージアムでは現在、「富士F1開催50周年企画展『知られざる あの、激闘』」 https://fujimotorsportsforest.jp/event/eoigo-1p1md9 が開催されています。先日GC Returnsのデモ走行の時に、ゆっくり見学させていただきました。富士スピードウェイで「F1世界選手権 in Japan(日本GP)」が初めて開催された1976年から、今年で50周年ということで、当時活躍した車両を始め、様々なものが展示されています。Part2の今回は、1974~75年のF1ヨーロッパラウンドに挑戦した、マキF101についてご紹介しましょう。

マキF1については、少々思い入れがあります。というのも、マキの挑戦がほとんど忘れられていた今から24年前、カー・マガジン誌2002年2月号から2003年9月号にかけて、「失われた時を求めて マキF101編」として5回連載され、原稿を私が担当したからです。

チーム代表の三村健治さん、デザイナーの小野昌朗さん、ドライバーの鮒子田寛さん、トニー・トリマーさんなど、多くの方にお話を聞き、当時の挑戦の経緯をまとめました。その中で、マキF101のモノコックは4つ存在したが、1つは1975年のドイツGPで激しくクラッシュし、3つが現存していると紹介しています。内訳は、まず1つ目は、当時ベルギーのmec autoに取材に行った、元F1ドライバーのヤン・ラマースさんがレストアし、その後レースができるように仕上げられた、ブルーの1975年仕様(F101C)でした。2つ目は、当時長野のユミ・ドライブコーナーの外の看板に縦に吊られて展示されていた、オリジナルカウル仕様(F101A)で、その後走行可能なように国内でレストアされることになる車両でした。そして3つ目は、2003年にイギリス・ダービシャー州で売りに出されているのを取材したモノコックで、アルミパネルは既に新しいものに張り替えられていました。

これが全てだと思っていたのですが、今回富士モータースポーツミュージアムに展示された1974年仕様(F101B)のモノコックとカウルは、これら3つとは異なるものでした。モノコックそのものは張り替えられていないオリジナルで、2003年にイギリスで取材した3つ目のそれとは後部の形状が違う上、ロールバーも装着されています。またフロントのサブフレームを兼ねたフットスペースとモノコックの接合部には、現役当時はなかった三角形の補強がついていました。

これらから考えられるのは、この4つ目のモノコックは、1974年のニュルブルクリンクでクラッシュし破損したモノコックを、どこかのタイミングでリペアしたものではないか? ということです。イギリスに渡ったマキのモノコックやボディパーツは、当時チームがお世話になったジェットウェインのバケットさんという方に預けたままになったと聞いています。その後バケットさんが売却することになるのですが、前述の3つ目のモノコックを売りに出していた方によると、1985年頃に2台分のモノコックとボディパーツなどを譲り受けたとのこと。このうち1台分を1990年頃に売却し、これがmec autoで見たF101Cになったそうです。

ということは、今回展示された4つ目のモノコックは、1985年以前にジェットウェインから誰かに売却されていたことになります。この4つ目のモノコックがどのような経緯を辿ったかも、いずれ調べてみたいところです。

因みに2003年に売りに出ていた3つ目のモノコックは、その後別の方が入手され、現在はF101B仕様として実走可能な状態にあるとのことです。

当時関係者がいずれも20代だったマキF1の挑戦は、今も伝説的に語られる驚異的なプロジェクトでした。あの時代をご存知の方も、まったくご存知ない方も、ぜひ今回の貴重な展示をご覧になってください。

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