5月は気候が良いこともあって(今年は想定外の暑さでしたが)、様々なイベントがあり、私もあちこちでお仕事をさせていただきました。そこで5月に出かけたイベントのレポートを2回に分けてお届けしましょう。
1965年のメキシコGPで優勝したホンダRA272。V12エンジンの咆哮は1.5リッターと思えないボリューム。ホンダS800用エンジン搭載のブラバムBT16A。1928年のル・マン24時間で優勝したベントレー4 1/2リッター・オールドマザーガン。この3台がでも走行を実施。川越の街のあちことで、同時多発的にクラシックカーの展示が行われました。
5月17日日曜日は、埼玉県の川越で「小江戸川越まちかどモーターギャラリー2026」が開催されました。このイベント、観光都市で名高い川越の街のあちこちで、様々なクラシックカーが展示されるユニークなもので、今回初めて「Legend Car デモラン」と題して、」貴重な車両の公道デモ走行が行われました。私はその走行の解説を、マイクを通して行う役回りでして、ニュルブルクリンク24時間レースの実況の合間(スタートパートとゴールパートの中間)で、お邪魔してきました。
川越市立博物館前の公道で、1927年式ベントレー4 1/2リッター・オールドマザーガン(1928年のル・マン24時間優勝車)、ホンダRSC(現HRC)が1965年にモータースポーツ普及を願って発注したブラバムBT16Aの1台で、ホンダS800のエンジンを搭載した車両、さらに1965年のメキシコGPで優勝したホンダRA272 F1の計3台が走行を披露しました。フォーミュラカー2台は、宮城 光さんがドライブを担当してくださり、特にRA272は凄まじいサウンドで、沿道に詰めかけたお客さんたちを魅了していました。
28年ぶりのミラノ。街はあまり変わっていないようですが、走るクルマは大きく変わり、イタリア車はかなり少なくなってしまいました。
翌週5月21~24日は、グランツーリスモ・ワールドシリーズRd.1の実況のため、イタリア・ミラノに行ってきました。ミラノに来たのは、1998年2月に行われた、ティーポ創刊100号記念ツアーで読者の方たちと訪れて以来、実に28年ぶり。ドゥオーモを中心とした市内の景色はあまり変わらない感じですが、イタリア車が凄く少なくなった感じです。

アレーゼのアルファロメオ歴史博物館。建物はきれいになり、予約不要で見られるようになっていました。訪問時は誕生60周年を迎えたアルファ・スパイダー・ボートテールが特集されていました。
22日金曜日のお昼過ぎまで自由時間があったため、地下鉄とバスを乗り継いで、一人でアレーゼのアルファロメオ歴史博物館の見学に行ってきました。ティーポ100号ツアーで28年前に行きましたが、その後2015年に大規模な改修が行われました。内部は以前よりかなり大きくなり、誰でも予約なしに入館できるようになって(以前は予約が必要でした)いました。展示車両はかなり多くなっていた上、カフェレストランもできていて、時間があれば一日ゆっくり楽しめるほどのボリュームでした。なお展示車両の詳細はまた別の機会にご紹介します。



グランツーリスモ・ワールドシリーズ2026 Rd.1 ミラノ。イタリアの熱いお客さんの大歓声の中、素晴らしいレースが繰り広げられました。写真は全てGran Turismo。
5月23日土曜日に、ドゥオーモのすぐ近くにある「テアトロ・リリコ」で、グランツーリスモ・ワールドシリーズ2026 Rd.1 https://www.gran-turismo.com/jp/gt7/events/gtws2026/milan/ が行われ、日本語の実況を担当しました。会場は1000人以上入る劇場で、満員のお客さんが国家演奏から大盛り上がりで、熱い声援を送ってくれました。レースの方もかなり盛り上がって良かったです。因みにネイションズカップ(国別対抗個人戦)のレース1では、ミッレミリアをイメージしたクラシックカーのレースも行われました。
ミラノ市内のミニカーショップ「TINY CARS」。新しい商品中心ですが、凄い数の在庫でした。
そうそう、アルファロメオ・ミュージアムから市内に戻った後、地下鉄を使ってミニカーショップ「TINY CARS https://thetinycars.com/ 」を訪ねました。ティーポ2023年10月号の野口祐子さんのコラム「Italiaさんぽ」で紹介されていたお店で、凄い数の在庫がありました。私の好きな1960~70年代のミニカーは少なかったのですが、このポリトーイ製ホンダN360(ザガートがフィアット500のシャシーにホンダN360のエンジンを搭載したコンセプトカー、ザンザーラとホンディーナがモデルのミニカー)を買ってきました。で、グランツーリスモのイベント終了後のパーティで、ミラノ在住の野口さんとお会いして、その旨を報告させてもらいました。

翌日曜の朝にはミラノを発って、月曜日の朝東京に戻りましたが、その週末がまた慌ただしい日々でした。その詳細は次回で。